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木曜はスポーツジムが休みなので、大抵午前中クロスバイクで江戸川を
走っていますが、今日は珍しくママチャリで江戸川まで行き、土手を8K
ジョギングしました。

江戸川堤をジョギングするのは何年振りでしょうか。時速7K強、速足で
歩いている人に抜かされそうなスピードですが、私としては必死です。
でも、風が穏やかで日差しもそれほど強くなく、緑が映えて鳥が鳴き、
実にどうも心地良い1時間余りでした。堤は以前走っていた頃に比べ、
道幅がかなり拡げられている箇所が多く快適でした。松戸市は図書館も
お粗末で、文化や福祉行政に日頃疑問を感じていましたが、少しは
やっているんだと思い直しました。

途中、お年寄りが歩き、ママチャリのおじさんがゆっくりペダルを漕いで
いる間を、「どけっ」と言いながらかなりの速度でロードバイクが通り
過ぎました。おじさんがバイクをたしなめると、振り返って更に文句を
言い返す始末。こんな人がいるから自転車はいつまでたっても市民権を
得られず、道路で邪魔者扱いされるのでしょう。スポーツ自転車は免許制
にしてマナーを徹底させるべきではないでしょうか。
大相撲夏場所は結果的に平幕の旭天鵬が最年長の初優勝ということで、
それなりに盛り上がりましたが、内容的には淋しいものでした。最大の
要因は大関の粗製乱造でしょう。そもそも去年の八百長問題の一番の
核心は大関の馴れ合い相撲にあったのに、そこを全く反省することなく、
トカゲの尻尾切りで終わったため、相撲人気が本格的に回復する訳が
ありません。稀勢の里の後半失速は、心技体の心が出来ていないからで、
当然というか、あるべき結果に落ち着いたということでしょう。彼は1勝
不足にも拘らず、当時の貴乃花審判部長が無理やり大関昇進を既成
事実化しましたから、私から言えば未だに仮免大関です。千秋楽に
負けて「くそっ」なんて言っているようでは、当分の間優勝も横綱も望め
そうにありません。あれだけの資質がありながら勿体ないことです。

女子バレーは何とかロンドン行きを決めましたが、内容的には褒められた
ものではなく、五輪でのメダルなど望むべくもないでしょう。ロシア等と
比べ、平均身長で15㎝近く劣っては、どうにもなりません。ボクシングや
柔道で重量級と軽量級が戦うようなもので、技術や精神力では到底
補えません。判っていて改善する努力をしないのは、協会がサボって
いるという以外にありません。セッター竹下選手のトスは確かに上手い
ですが、そこに集中するから攻撃も単調で読まれます。何故175㎝前後の
バックアタックも出来る若手を数名セッター兼用で育てないのでしょう。

イチロー選手もやはり年齢には勝てないということでしょうか、いまだに
打率は3割未満、打数の減る打順3番では今年も200安打は厳しいです。
先日守備でアウトカウントを間違えたのは、打撃不振やチームの不成績で
気持ちが集中できていなかったからでしょう。CMで下手な演技もし過ぎ
ですしね。コマーシャリズムで安易に金が儲かる仕組みが、どれほど
スポーツ選手や役者をスポイルしていることでしょう。石川遼も宮里藍も
浅田真央も皆そうだし、役者では役所広司、渡辺謙、西田敏行等々、
大した実績もない若手女優?がCMに出まくるのに至っては、哀れを
通り越します。本人は多分いっぱしの仕事をしている積りでしょうが、
多分それが金銭感覚を狂わせしまうことになるでしょう。ものの価値、
金の有難味が判らなくなって、人生を誤らないよう祈るのみです。

大リーグでダルビッシュが一人気を吐いていますが、これもレンジャーズ
の打線が打ちまくるからで、もしマリナーズに入っていれば勝ち星は
半減するでしょう。日本人の大リーグ進出も完全に一巡し、ダルのような
超一流でなければ、正当に評価される状況はなくなってきたようです。
松井や松坂でもピークを過ぎれば使い捨てでマイナー落ち。西岡、
上原、川崎等、日本でまずまず一流でも、メジャーでは並の選手で、
そうであれば敢えて外国人選手を重用する理由がなく、使い捨てや
飼い殺しにされるのはメジャーに限らず、当の日本でずっとやってきた
ことです。安易なメジャー行きを見直す時期に来てると言えましょう。
辛うじて青木はメジャーにはあまりいないタイプなので、活躍が期待
出来るかもしれません。


どうも相変わらず文句ばかりで、家人に嫌われる筈ですね。それに
しても良いニュースは無いものですね。
六本木の国立新美術館で開催されているエルミタージュ美術館展に行って
きました。16世紀のルネッサンス時代からバロック、ロココ、ロマン、
印象派、等を経て20世紀の前衛に至るまでのヨーロッパ絵画の推移を
約90点の絵画で俯瞰する企画です。日曜午前でしたがそれ程の混み様
ではありませんでした。同じ場所でセザンヌ展も開催されており、分散
したからでしょうか。セザンヌ展も入館のための行列はなく比較的余裕が
ありました。

確かに絵画の傾向の推移が良く判ってそれなりに面白いのですが、殆ど
一人一作品の展示なので、何となく物足りなさは感じました。一人の
画家でも当然歳と共に画風は変わっていきますから、それを追っていく
個人の作品展の方が面白いように感じました。

個々の作品ではルーベンスやヴァン・ダイク、ヘダ等の作品に魅力を
感じました。マティスの「赤い部屋」という大作が今回の見ものの一つだ
そうですが、色彩は美しいと思うものの正直あまり感動しませんでした。
20世紀に下るにつれて構図や色彩表現が多彩になっているのでしょうが、
技術的な表現能力は16~18世紀辺りの画家の方がずっと繊細で優れて
いるように、私には感じられました。要するにあまり絵が判っていないと
いうことなのでしょう。
by nakayanh | 2012-05-27 23:22 | 美術
湯浅邦弘著「論語」中央公論新書。「(論語の)真意を読む」との副題で、
最近発見されている論語の竹簡資料などを基に、論語の謎と真意に迫ると
いうのが本書の主意です。著者は1957年生まれの阪大教授。
期待して読んだのですが、私には期待外れでした。竹簡の発見に拠って
論語の成立や伝播浸透過程が十分明らかになった訳ではなさそうです。
また、述而編で孔子が自らの衰えを嘆く言葉を、名言名句の並ぶ論語中の
唐突な異音、不協和音と捉えている点が、本書執筆の動機ともいえるよう
ですが、これが私には理解できません。孔子は自らを聖人と意識している
訳ではなく、弱みも論語中で十分見せています。その人間臭さが論語の
最大の魅力だし、論語の名言名句が多くの人々に受け入れられる理由だと
思うからです。多くの学者は論語を思想史上の重要資料として研究分析の
対象とするのでしょうが(それが当然の姿勢ではありますが)、私のような
道徳や倫理観の糧として論語を読む者にはそれが興ざめということかも
知れません。

守屋淳編訳現代語訳「渋沢栄一自伝」平凡社新書。
渋沢の「論語講義」を通じてある程度人となりを理解しておりましたが、
改めて「自伝」を読んでみてその凄さに圧倒されました。埼玉の百姓出身
でありながら、尊王攘夷を唱えて挫折、一転して徳川慶喜に仕え、西郷や
近藤勇とも親しく付き合い、慶喜の弟昭武の容認となって洋行し、維新後
大蔵省の役人となるも飽き足らず、独立して様々な会社・事業を起こし、
日本資本主義の父となる一方、論語の精神を尊び、「道徳経済合一」を
説いて、慈善事業にも力を尽くす、正に波乱万丈の人生でした。彼の
最大の武器は交渉説得を得意とする実務の人、という印象でした。
日経「私の履歴書」に出てくる最近の経営者とは人間のスケールが違い
過ぎます。

西川善文「ザ・ラストバンカー」講談社。住友銀行出身、三井住友銀行の
初代頭取で、日本郵政の社長だった方の自伝です。
渋沢栄一と比べるのは気の毒ですが、やはり人間のスケールの違いは
否めません。銀行員として優秀だったのでしょうが、特に図抜けている
とは思えません。調査畑出身で安宅、イトマン等破綻や不良債権処理等
後ろ向き業務のスペシャリストで、バブル崩壊の経済乱世の時代にこそ
有用な人材だったということでしょう。経済人よりなお一層アホな政治家
によって辞任させられましたが、日本郵政社長としての方針は概ね正し
かったと思います。他のお役所同様郵政省の非効率性は、私でさえ
銀行員時代に僅かに関わった業務を通じて感じていたことでした。
郵政民営化がその後どうなったか詳しくは存じませんが、大きく後退した
ことは間違いないでしょう。
by nakayanh | 2012-05-23 15:41 | 読書
友人の葬儀に参列のため、土日に神戸まで行ってきました。
亡くなったのは長年勤めていた銀行の同期生の友人です。

我々は、嘗て神戸に本店があった小さな都市銀行に39年前に入行しました
が、学卒100人以上の同期入社のうち、たまたま初配属が彼と同じ元町に
あった栄町支店でした。一緒に勤務したのは2年弱でしょうか。数年後彼は
ニューヨーク支店勤務時代にC型肝炎を発症して帰国、治療をしながら
仕事に邁進して支店長にまでなりましたが、ついに完治することはありま
せんでした。我々より早めに銀行を退職し、関連会社の役員をしながら、
家族や趣味も大切にしていましたが、去年の2月には主治医からも余命を
宣告されていたようです。

62歳の死というのは今の世では早過ぎますし、60過ぎまで家族のため、
生活のため一心に働いてきて、子供も独立してやっと少しのんびり出来る
と思った矢先のことですから、無念というしかないでしょう。私も数年前
足を悪くし、自由に活動出来る時間がそれ程残っていないとの思いから、
規定より9か月早く退職しましたので、彼の無念な思いは判る気がします。

人の寿命程判らないものはありませんが、確実なのは毎日、毎分毎秒
着実に死が近づいているということです。悔いを少なくするためには、
兎も角1分1秒をしっかり意識しながら大切に生きる、ということしかない
ように思います。
久々に歌舞伎を観てきました。今年初めてでしょうか。3月のブラバン
演奏会、4月の研究発表会等で気忙しく、遠ざかっていました。昼の部、
特に観たい演目があった訳ではありませんが、急に歌舞伎を観たくなり、
チケットを取った次第です。

「西郷と豚姫」獅童の西郷と翫雀の豚姫。翫雀が好演。それ程良い作品
とも思えません。一幕で変化もなく退屈。「紅葉狩」義太夫、常磐津、
長唄連中揃い踏みの豪華舞踏劇ですが、長唄のやんごとない音色で
かなり寝てしまいました。高麗蔵の局役が意外に美人でした。
最後の「女殺油地獄」近松の作品は流石です。実家を勘当された油屋の
やくざな若旦那が、知り合いの油屋の内儀に借金を頼んで断られ、切羽
詰って内儀を殺すという、身勝手で単純、理不尽な内容ですが、現代の
若者の無差別殺人や危険運転致死罪と同じように突発的な殺人で、
我々がいつ遭遇するかもしれないリスクと共通するように思います。
伊藤仁斎は「仁とは「愛だ」と看破したのですが、良心のかけら(四端の
心)も備わっていない無分別な者になまじな愛情を掛けると却って徒に
なる、ということかも知れません。愛之助の与兵衛、福助のお吉共熱演
でしたが、与兵衛の両親役である歌六の徳兵衛、秀太郎のおさわが
親の情をしみじみと表現して秀逸でした。こんな親から与兵衛のような
馬鹿息子が育つのだから、子供の躾も教育もできない親が多い現代では
与兵衛のような若者は掃いて捨てる程いることでしょう。危険な世の中に
なったものです。

ウイークデイ昼間で、出演者もやや地味目だったためか、空席が少し
目立ちました。
by nakayanh | 2012-05-18 15:01
池波正太郎「真田太平記」新潮文庫全12巻。2月頃から読み始め、
3か月近く掛かったでしょうか。大好きな池波さんの最高に面白い時代
小説でした。めった感じない、読み終えるのが惜しい類の小説でした。

天正から元和の約40年の激動の時代、武田滅亡から本能寺、関ケ原、
大阪冬夏の陣を経て徳川幕府が安定期に入るまでを、信州上田の真田
昌幸と長男信行、次男幸村を中心に描いてゆきます。関ヶ原の際、真田
勢が秀忠軍を釘付けにし、合戦に間に合わなかったことや、大坂の陣
での幸村や真田十勇士の活躍など、断片的に知ってはいても、真田
親子の素晴らしい活躍の全貌はこの小説で初めて知りました。

幸村に長く仕えた小者の向井佐平次、草の者と言われる忍者達、特に
女忍びのお江、佐平次の子向井佐助ら、更に家康、秀吉らも加わって、
戦国時代の人たちの様々な人生が描かれ興味が尽きません。信行が
昌幸・幸村と別れ家康の東軍に付き、結果的に真田の家は守られるの
ですが、そのための並大抵でない苦労も丹念に描かれています。

特に素晴らしいのは最後の第12巻、大坂夏の陣以降で、池波さんは
多くの登場人物たちの始末を、温かい目で情感豊かに描き切っていて、
見事と言う他ありません。夜中に読んでいて涙が止まりませんでした。
人間をよく知り抜いた池波さんならではの簡潔にして細やかな人情の
世界、その洞察力の深さは「論語」にも匹敵する程ですが、それが
平易で歯切れの良い文章で綴られるのだから堪えられまえん。


今井今朝子「銀座おもかげ草子・3・西南の風」シリーズものの三作目、
読者にはお馴染みの登場人物たちの西南の役の頃の経緯です。
主人公久保田宗八郎の友人市来巡査が西南の役に駆り出される辺りや
宗八郎の内縁の妻比呂の死などが中心です。面白いことは面白いの
ですが、やや話が硬いのと、池波さんと並行して読んだためか人物の
深みがやや物足りないような気もします。池波さんと比べるのは少し
気の毒かも知れません。
by nakayanh | 2012-05-12 15:48 | 読書
連休明けの7日、六本木の新美術館で開催されている「セザンヌ展ー
パリとプロバンス」に行ってきました。朝10時の開館直後に着いた
ので、入館待ちの列もなくスムーズに入れました。館内も恐れていた
程の混雑はなく、まずまず落ち着いてよく観られました。

印象派近辺では、セザンヌはゴッホと並んで人気が高いと思われますが、
私にはゴッホは良く判る気がするものの、セザンヌは何処が良いのか全く
判らず、肩身の狭い思いをしていましたので、彼を理解する良い機会だと
思い、じっくり見て回りました。

何処が苦手かと言うと、静物画は好きなのですが、サントヴィクトワール
山等の風景画や人物画の良さが判らないのです。特に彼の風景画で
よく見かける色の塗残しが何の為か判らず、何か投げやりできっと短気で
飽きっぽい性格だったんだろうと思いました。セザンヌ好きの友人に
言わせるとあの描き過ぎない塗残しがセザンヌの魅力で、あれが判らない
とセザンヌは判らない、とのことです。

今回じっくり観たことで幾つかの発見がありました。塗残しのセザンヌの
画風は40歳(1879)頃に確立された様で、それまでは結構べったりと
塗り尽くす普通の画家であったこと。静物画はやはり素敵なのですが、
一見写実的に見えて実は全くそうではないこと:一つのテーブルにある
のに、リンゴやオレンジの光の当たる位置が異なり、あるべき影が
なかったりすること、要するに一つ一つの対象物を個々に捉え、それを
画の構図を壊さないように再構築しているように思えること。静物画の
ように実物大に近いものは描けるが、風景のような大きいものを小さな
スペースに描くことは不得手なのではないかということ。等です。
結果としてやはり私はセザンヌの静物画にしか感動できない、理解は
多少深まったと思うのですが、本当に好きになったとは言えないのです。
by nakayanh | 2012-05-09 08:20 | 美術
道徳教育をすすめる有識者の会・編「13歳からの道徳教科書」
 最近の小中学校の教育事情を詳しく知りませんが、何かで読んだところ
では、最近は「道徳」の授業がないそうです。カリキュラムとしてはある
そうなんですが、先生が教えたがらないんだとか。道理で道徳心も
公徳心も感じられない事件が多発する筈です。道徳の授業があった
我々大人の世代でも、私のようにいい加減な人が多いのですから、
習わなかった若い世代が社会の中心となる今後の日本が猶更心配に
なります。そういう危惧する大人達が作った本がこの本のようです。
中身は至極尤もな話、心温まる話が大半で、中にはここに入れなくても、
という話が僅かにないではないですが、こういう素晴らしい行動をした
人達、素晴らしい出来事や考え方を知るのはとても大切だと思います。
若い人達に是非読んでもらいたい本です。

津村節子「紅梅」
 緻密な取材に基づく歴史小説家で06年に亡くなった吉村昭の夫人で
芥川賞作家の津村節子が、夫の癌発症からの1年半を淡々と綴った
小説です。文中の人物名はすべて仮名ですが、勿論判る人には判るように
書かれています。抑揚を抑えた飾らない文章が、夫婦の人柄をよく表して
心に響きます。この小説や吉村氏自身の随筆を読むと、氏が実にまとも、
且つ平凡実直な、普通の人だったことが良く判ります。やや面白みに
欠けると言っても良い位の健全で善良な市民で、こういう人ばかりだと
きっと良い世の中になるだろうと思われます。氏の基本的な生き方は
他人に迷惑をかけない、自分のことで騒ぎ立てない、極力目立たない、
というようなことのようです。人工的な延命を望まず、死期を悟って自ら
点滴の管をむしり取って絶命した潔さや勇気、決断力、実行力は見事と
いうしかありません。こういう偉大な凡人の生き方に、少しでも近づき
たいものです。
by nakayanh | 2012-05-05 21:57 | 読書
GWの連休前半はたまたま軽井沢でコンサートを聴く予定があったため、
1泊で長野に出掛けましたが、連休後半はずっと自宅にいます。勤めの
ある方はこういう時でないとなかなか出掛けられないのでしょうが、隠居
の身には、世間様のお休みの時はじっとしている方が賢明というのが
生活の知恵です。今日は通っているジムが木曜休館のところ、気を
利かせて開けてくれたので、午前中はトレーニング、午後はビールを
飲んで昼寝とテレビで野球観戦。明日は図書館で勉強、土日は多分
神宮で六大学野球を観戦することになりそうです。

それにしてもこのところ目を覆いたくなるような悲惨な事件事故が頻発
しています。人の命の余りの軽さに愕然とします。全ての事件事故の
そもそもの原因を考えていくと、詰まるところそれらを引き起こす人の
心の問題と思えてしまいます。要は公共心や公徳心、正義感や道徳観
等の問題で、戦後の教育のあり方に問題があったとしか思えません。
それがために、政治も経済も司法も行政も、あらゆる分野でタガが緩んで
おり、国が、社会が衰退していく過程を誰も止められないようです。
個人的には日々平凡で長閑ではあるのですが、何となく心の底に屈託が
あり、心から浮かれることが出来ない、というのがこのGWの心境という
ところです。