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まだ六月で梅雨も開けていないというのに、連日の猛暑でかなり参っています。勿論節電の為
自宅ではエアコンは未だ点けておりません。

今週の3日間は毎日朝9時過ぎにジムへ行き2時間トレーニング。サウナとシャワーで汗を流し、
12時頃ジムを出ますが、ジムから最寄りの北松戸駅までが南北一直線で全く日陰がなく、徒歩
僅か7,8分の間にどっと汗が噴き出ます。駅のベンチで汗をふき、扇子で煽ぎ、ペットボトルで
水分補給と忙しく、それで又汗が出るという次第。勿論服装はTシャツにGパンというこれ以上
ない軽装です。

午後はその足で図書館へ行きますが、ここが又律儀に節電の為室温を高めに設定しているようで、
個人ブースで静かに読書しているだけで汗が噴き出てきます。個人ブースは窓際に有るため、
外の暑さがガラスを通して伝わり、部屋の中央部よりかなり暑いのだと思われます。2時間位は
それでも我慢して読書していますが、ノートを取ることも多いので、汗をふき、扇子で煽ぎ、
鉛筆を走らせるのはかなり非効率です。3時頃には退散して1階下のサイゼリアで又2時間という
パターンです。ここだと270円でフリードリンク付きで読書に専念出来るので有難いです。
子供が泣き喚き、おばちゃん達が井戸端会議をし、学生達が奇声を上げるといういう、これは
これで厳しい環境ですが、暑さよりはましです。

思うに図書館は快適に読書が出来る公共インフラであるべきで、幾ら節電のためとはいえ、その
本来の図書館機能を損ねてまで温度を高く設定するのはやり過ぎのように思うのですが、どんな
ものでしょうか。私はかなり暑がりの方なので、他の方はそれ程暑く感じていないのでしょうか。
この夏、図書館でじっくり頑張ろうと思っている受験生には気の毒な気もします。まあ、その内
熱中症で倒れる人が出て、行き過ぎに気が付くのかも知れません。経費削減なら他にやることは
幾らでもありそうです。スポーツ新聞や詰まらない雑誌、漫画等常備する必要はなさそうです。
本当に勉強読書に集中したい人だけが行くように、僅かでも有料化しても良いと思います。
自転車で図書館に行って6時間居れば200円位の駐輪代が掛るのですが、図書館はそれ以上の
サービスを受けるのに無料というのも、何となく不思議です。公共インフラとはいえ、サービスを
全く受けない人と毎日来る人がいるのだから、それが無料だと公共サービスが一部の人に偏在する
ことになるのではないかとも思います。
1994年草思社刊です。今は絶版でアマゾンの中古を買いました。同じ著者の「京都まちなかの
暮らし」、「京に暮らすよろこび」と合わせて三部作をなし、その三作目で、前の二作は角川
ソフィア文庫から最近再出版されています。

著者は2005年に81歳で亡くなった方で東北大卒、長く京都府立大で国語学の先生でした。父君
壽岳文章氏は英文学者で民芸運動にも関係していました。母君も翻訳家の学者一家。著者は地元
京大に行きたかったのでしょうが、当時は女性に門戸を開いておらず、已む無く東北大を出て
故郷の京都に戻って学者になられたそうです。生後10歳位まで市内に住んでいましたが、それ
以降は両親と一緒にずっと京都の西隣の向日市にお住まいでした。

本書は京都七口からそれぞれの街道を経て府下の各地に講演に行った時や、歩き好きで面白がり
の性格からあちこちを訪ねた時の思い出を中心に、それぞれの地の自然や風物、人との交流を
女性らしい細やかな筆致で情緒豊かに綴っています。前二作は市内が中心でそれも面白かった
のですが、本書は私もまだ殆ど行けないでいる京都府下の各地の話ですから、とても楽しく興味
深く読みました。周山街道を超えて美山町、鞍馬街道を超えて行く花脊、久多、広河原、奈良
街道の先の和束、南山城、加茂等々、京都ファンなら一度は訪れなくてはならないところばかり
です。著者が訪れた時からもう3,40年経っており、変ってしまったところもあるでしょうが、
そうであれば猶のこと一刻も早く行きたいと思います。三冊とも挿絵を沢田重隆という画家が
描いていて、これが又精密且つ清々しいタッチで素晴らしく、本文に即した風景や静物が沢山
盛り込まれていて、この三部作を一層格調高いものにしています。

その内本書も文庫化されるでしょうから、京都好きなら必ず三冊揃えて手許に置き、京都に行く
時には行く場所に応じた一冊を携行することが望ましいとと思われます。
by nakayanh | 2011-06-21 17:51 | 読書
新橋演舞場は3カ月振りです。震災で自粛していた訳ではないのですが、何となく気忙しくて落ち
着かず、又相撲や海老蔵の騒ぎで興行に対して少し白けた気分になっていました。

昼の部は、真山青果の新歌舞伎「頼朝の死」と、お馴染「石切梶原」、「連獅子」の三本。
「頼朝」は染五郎の頼朝、海老蔵代役で名を上げた愛之助の畠山六郎重保、歌昇の大江広元、
時蔵の北條政子、孝太郎の小周防等。染五郎始め皆熱演ですが、元々あまり面白い話ではなく、
将軍としての器量に乏しい頼家の苦悩と周囲のそれぞれの悩みを描いても今一共感出来ないのが
辛いです。その割に良く演じられる出し物ですが。将軍の侍童・春王役の少年の、腕を浮かせて
座りっぱなしで時折将軍に酌をする演技が見事でした。
「石切梶原」は吉右衛門の独壇場。惚れ惚れする恰好良さで当代一の立役者振りを見せつけます。
屋号が播磨屋に戻った渋い演技の歌六と器用な歌昇の兄弟、可憐な娘役の芝雀等が脇を固めて
います。時代物の歌舞伎の楽しさを満喫しました。
仁左衛門と孫(孝太郎の長男)千之助による最後の長唄舞踊「連獅子」が今月の話題の一つで、
新聞の劇評もべた褒めでしたが、実際に観てその素晴らしさには感服しました。千之助は11歳
だからまだ小学6年生だと思いますが、腰が据わった実に見事な踊りっぷりで、所作も見事に
決まって拍手喝采でした。父孝太郎は手堅い女形ですが、千之助は隔世遺伝で名優の祖父仁左衛門
を継げるか将来が楽しみです。

久々の歌舞伎で出し物・出演も良かったので十分楽しめました。来月はいつの間にかなし崩し的に
復帰する海老蔵だし、8月は恒例の一日3部構成で割高な上、出し物も今一なので、次は9月の
秀山祭を観る積りです。この時に歌昇が三代目中村又五郎、長男の種太郎が四代目歌昇を襲名する
そうです。先代の中村又五郎と言えば、池波正太郎の剣客商売・秋山小兵衛のモデルになった人です。
恰幅の良い歌昇は先代とタイプは異なりますが、器用で口跡・押出しが良く播磨屋一門にもとても
良い襲名と思われます。
by nakayanh | 2011-06-19 01:15 | 歌舞伎
角川文庫版で読みました。恥ずかしながらつい最近まで作者の苗字を「まんじょうめ」と読んで
いました。「リンゴの歌」や「旅の夜風」で有名な、歌謡曲の作曲家万城目正さんと言う方がいた
からです。正しくは「まきめ」と読むそうです。ホルモーなんて怪しげな題名でとても読む気は
しなかったのですが、何かのきっかけで京都の地名が沢山出てくる様な事を読んだのと、著者が
TVや雑誌の対談に出ていて、性格が少し暗そうだけど頭も良さそうだし真面目そうなので読んで
みることにしたものです。

内容は、京都の4大学の学生が手下の小さな鬼達(普通の人には見えません)を使って「ホルモー」
という競技をリーグ戦で闘うと言う、実に馬鹿馬鹿しいというか荒唐無稽な話なのですが、それは
表面のストーリーで本質は青春小説と言うか恋愛小説です。ホルモーに関連して四神相応の地
平安京に関る知識がいろいろ出て来て、結構京都についての勉強になります。登場人物も安倍
(清明)や早良(親王)、高村(小野篁)、菅原(道真)等、京都好きには馴染みの名前を使っています。

空想の世界と言うよりテレビゲームで育ったバーチャル世代の所産と言えそうです。しかし本質は
前述の通りまともで健康な青春恋愛小説で、読み易く面白いです。最近の芥川賞作品より余程
面白く、文章も上手い作者だと思います。直木賞の価値は十分あるでしょう。結論をオカルト的な
世界で誤魔化してしまう村上春樹氏より、手段に使うだけの万城目氏の方が私には潔く感じられ、
大袈裟に言えば、いずれ漱石並みに人間の本質を描いてくれる可能性も秘めているようにも思い
ます。なお、原発反対の姿勢を示した村上さんの先日の受賞スピーチは全く同感でした。
by nakayanh | 2011-06-18 09:11 | 読書
今年の梅雨はよく雨が降りますが、木曜朝は雨が上がっており、ジムの休館日でもあったので、
久々にクロスバイクで江戸川を2時間余り40K走ってきました。春先何度か乗りましたが、その
頃は菜の花の花盛り、でも花粉が怖くてしばらく遠ざかってしまいました。

少しの間にすっかり夏っぽくなり、夾竹桃が白やピンクの花を付け、住宅の庭には鉄泉の紫の花が
綺麗でした。紫陽花も花盛りです。松戸から北上して野田当たりまで行くと地面が濡れており、
さっきまで雨が降っていた様子でした。野田のキッコーマンのお城がなくなり、更地になって
しまったのは残念なことです。

服装はバイク用の半袖シャツと短パン、指が出るグローブで、つい1,2か月前と比べ遥かに軽装
ですが全然寒くはなかったです。江戸川沿いの道は新たな河原へのアプローチが出来る等、少しの
間にあちこち様子が変わっていました。

当然ながら、ジムのエアロバイクに比べ景色を楽しめる外のバイクの方がずっと楽しいです。
これでお尻が痛くならなければ申し分ないのですが、ジムで鍛えてもあまり効果はないようです。
今は江戸初期の儒学者「伊藤仁斎」関連の本を中心に読んでいますが、合間に他の本も少しは
読んでいます。

高山樗牛著「瀧口入道」岩波文庫
京都関連本の1冊です。明治26年に坪内逍遥らを選者として募集された歴史小説に、東京帝大1年
の高山樗牛が投稿し1等なしの2等当選、読売新聞に掲載されたそうです。発表時、単行出版時は
匿名でした。作品は平家物語を典拠にしており、美文調で私などやっと読める位です。全体に
平家物語の雰囲気が濃厚でした。話の内容は清盛の嫡子小松内大臣重盛の部下斎藤時頼が、建礼
門院の雑仕女横笛に一目惚れしたものの、身分違いで添い遂げられず二人とも死んでしまうと
いう悲劇で、失礼ながら何ともあっけない物語です。嵯峨野の瀧口寺の由来でもあり一度読んで
みようと思っていたものでした。今年の秋の紅葉時にでも再訪したいものです。

入江敦彦「京<KYO>のお言葉」文春文庫
著者は1961年生れだから私より一回り下。多摩美大を出てMichiko Londonコーディネイター
を経て京都関連の辛口エッセイ多数とあります。京都特有の言葉の意味と使われ方を、京都育ち
ならではの語り口で、英語も堪能なところを見せながら解説してくれます。まあ、「よそさん」
を教育する本と言うか、平たく言えば「どないに頑張ってもよそさんは絶対京都人や京都通には
なれしまへん。よう知らんけど。」と読者に引導を渡している本です。よそさんの読者を当てに
している割に読者への態度がでかいのは、1200年の王城の地育ちの気位の高さによるもので
しょう。よそさんの私などはただただ有難く拝聴するしかありません。「どす」の項で「『京都
語を自由に操れる!』と思い込んでいるタイプが問題で、京都人をイライラさせる最たるもの。」
と述べ、「嬉々として京都検定に挑戦したり、(中略)するタイプほどその傾向が強い云々。」と
あるのは、「嬉々として京都検定を受験している」私としては多いに反論したいところですが、
反論すれば「そうかんかんにならんときよし」とか「どーでもええやん」とか言われるに違い
なく、ここは大人しくしているしかありません。

司馬遼太郎「歴史と小説」集英社文庫
久々に司馬さんの本を読みました。司馬さんが40歳過ぎ位に書いたエッセイを纏めた本です。
数年前まで司馬さんの本ばかり読んでいました(司馬さん風に言えば「淫していた」)が、あまり
偏ってもいけないと思い、暫く近づかないようにしていました。たまたまふと書棚にあったのを
読み始めたら、やはりというか面白いことこの上ありません。何というか知的歴史漫談と言える
のではないでしょうか。歴史小説を書く過程で調べ上げた氏の豊富な知識は、私の好きな京都に
ついても泉の如く湧き出て来て、「京の味」の項では信長のコック長(御賄頭)坪内某氏の話が出、
別の項では老舗料亭「京大和」の全身の翠紅館の話が出ている等、楽しく面白く勉強になります。
好きな蕎麦屋で司馬さんを読みながら酒を飲めたら、私にはこれ以上の幸せはなさそうです。
by nakayanh | 2011-06-13 21:21 | 読書
6/10に大学時代のクラブの同期とその前後の一部8名で飲み会をやりました。

大学で所属していたクラブは文連所属の軽音楽の団体で、元々はタンゴバンドだったのですが、
私が大学の頃は流石にもうタンゴは流行っておらず、ポールモーリアやレーモンルフェーブル、
マントヴァーニ(これも古いね)、等のイージーリスニング(今こんな言葉あるのかな。ムード音楽
ですかね)が主体でした。でもバンドにはアコーデオンパートもあって、定演ではタンゴも必ず
1,2曲やりました。弦楽器はマンドリンが中心で管はクラリネットとフルートのみ、他にピアノ
ギター、ベース、パーカスという妙な布陣でした。とはいえ由緒あるタンゴバンドで歴史も古く、
一昨年OB会に出ましたが、その時で創立70周年、部員は60名位の大所帯、編成はフルバンド+
バイオリン等の弦楽器と立派になっていました。所属していた部が存続していて、OBとして
帰れる場所があるのは嬉しいものです。まあ、年寄りのOBなんて煙たがられるだけなので、
実際にはめったにOB会にも出ませんが。

さて、先日の飲み会はOB会と言うような物々しいものではなく、同期近辺で今も親しくしている
仲間中心に8名集まったもので、ギター・ベースパート主体でした。1年先輩で音楽関係の会社に
就職した元ベースマンが、昔と変わらぬゆるさ加減で会を仕切り、なかなか楽しいものでした。
銀座7丁目のライオン2階で一次会の後、近くのホテルのバーで2次会、一旦解散してから同じ
方向の3人で、懐かしのトリスバー「ブリック」で更に飲んで結局終電でした。

5時間以上ずっと笑い転げていたのですが、家に帰って、女房(同じクラブにいたのでこの日の
メンツ全員知っているのです)に「何か面白い話はあったか。」と聞かれると、何も具体的には
思い出せませんでした。要するに学生時代の気持ちに戻って、その頃の雰囲気で喋っているのが
面白く楽しいのですね。元居た会社の集まりだととてもこういうようにはいきません。特に
何年経っても上司風を吹かせるようなのがいると最悪です。酒は飲んで楽しい人と飲むか、
さもなくば一人で飲むに限ります。
by nakayanh | 2011-06-13 00:52
神宮で準々決勝2試合を観て来ました。

大学野球選手権と言うのは今年60回目だそうです。各地のリーグ戦を勝ち抜いた大学チームが
トーナメントを行うもので、言ってみれば大学野球の甲子園です。その割に人気は今一ですが。
春の選抜を毎日、夏の甲子園を朝日がやっているのに対抗して始めたのか、大学選手権は読売の
主催です。学生野球のDH制を初めて見ました。又節電の為今大会は延長戦はタイブレーク制、
10回からの攻撃をそれぞれ1死満塁、打順は何処からでも選択できる、と言うルールで
やります。26チーム出場でベスト8までは東京ドームと神宮併用、準決勝から神宮です。

10:30頃神宮到着。外野の観客席は使用せず内野と応援席のみ。内野はネット裏でも
どこでも1200円です。入りはまあ2,3千人位でしょうか。ウイークデイなので客の大半が
リタイヤ組の親父か、会社をサボって来ている野球部OB風のサラリーマンです。

第一試合は11時から日体大対東京国際大。東京国際大は嘗ての広島の名監督古葉さんが率いて
初出場を果たしました。一方の日体大は主戦の辻投手が5チーム相手の春のリーグ戦で10勝
したというのが話題です。試合は東京国際大が初回に挙げた1点を守り切って勝ちました。
東京国際大の伊藤投手が立ち上がり制球が悪く四球連発、初回1死満塁、2回無死満塁の好機を
日体大が雑な攻めで生かせなかったのが最後まで響きました。古葉さんの東京国際大は初出場で
ベスト4の快挙です。

第二試合は2時頃から慶應対愛知学院大。それぞれエラー絡みで1点ずつ取り、後は慶應が
断然押し気味ながらタイムリーが出ず、8回まで1:1の膠着状態。9回愛知学院の投手交代が
裏目に出て慶應がチャンスを作り、スクイズと3塁打で3点を入れてやっと勝ちました。慶應の
竹内投手は1被安打で完投し、今年のベストピッチと言えるでしょう。珍しくボールが先行せず
打たせて取る投球で快調でした。
私が所属するランニングクラブ「明走會Japan]」の1998年創立時メンバー3人が、昨年後半来
還暦を過ぎて会社をリタイヤしたため、どうせなら昼間に飲もうと言うことになり、一昨日
挙行されました。メンバーは現会長M氏、事務局長S氏、名誉会長の私の重鎮?3人です。

勿論マラソン仲間の飲み会ですから、いきなり飲み始めるようなはしたないことはしません。
先ず9:30東浦和駅に集合。近くの国指定史跡「見沼通船堀」を徒歩にて見学しました。
通船堀とは傾斜のある用水路に船を通すため、途中を閘門(こうもん)で堰き止め、水位を上げて
船を上流に移動させるという、船のエレベーターの様なものです。江戸中期享保年間(1731)の
遺構です。さいたま市はかなり力を入れており、道等がよく整備され、途中の休憩所には無料の
パンフレットもありました。堀は東縁、西縁合わせて1キロ余り、歩いて散策しました。

1時間余り散策の後東浦和に戻り、JRで浦和まで。11:30に伊勢丹裏の蕎麦屋に行き1次会。
2時間後カラオケに移って2次会を2時間。その辺りで既に酩酊状態でしたが、そのまま去り難く、
コンビニで酒を買って浦和駅前の広場のベンチで3次会。殆どホームレスと区別が付きません。
一しきり飲んで私は解散を主張したのですが、他の2名がもう1軒行くと言って聞かず、多勢に
無勢で駅前の居酒屋で4次会。店を出たのは6時前位だったでしょうか。帰りの武蔵野線は当然
乗り越し、気が付いたら自宅を遥かに通り越して新習志野でした。必死の思いでリカバリーし、
家に着いたのが8時過ぎ。サッカーは後半開始頃でした。そのまま就寝したものの、夜半から
二日酔いで気分が最悪。翌朝は食事をする気にもならず、太田胃散2服服用。午前中は使い物に
成りませんでした。どう見ても還暦親父のやることではないと反省しています。
4月の本ブログに、京産大日本文化研究所特別客員研究員に応募することを書きましたが、
2,3日前に京産大から内定通知が届きました。正式な「客員研究員願」を6/8までに提出し、
6/25にオリエンテーション、7月から1年間研究活動というスケジュールです。この間
京産大の図書館や共同研究室等の施設利用、指導担当教授のアドバイスが受けられる等の
メリットがあります。

提出した研究計画書のテーマは、江戸時代の初期に京都で活躍した儒学者で堀川学派(古義学派)
の祖伊藤仁斎について、その人と学問を調べたい、というものです。京都検定の受験勉強中、
過去問で知った人物ですが、生涯を掛けてひたすら論語・孟子を研究した人で、京都堀川通りに
私塾「古義堂」を開き、門弟三千人を数えたと言いますから凄い人だと思い、もっと詳しく
知りたいと思ったのがきっかけです。

元より、私の様など素人がやることですから、研究等と言える代物ではなく、単に自分の興味の
為の勉強程度のことしか出来ないと思いますが、僅かとはいえ今まで以上に好きな京都に関われ
るのは嬉しく、1年間精々出来る範囲で努力してみようと思います。
by nakayanh | 2011-06-06 22:56 | 京都