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蕎麦友の酔流亭さん、花まきさん、がじゅ。たんさんに誘って頂き、
日曜夜代田橋の「まるやま」での蕎麦会に行ってきました。

日曜午後は大手町でブラバン練習があったので、その足で夕方
参加しました。代田橋は初めて降りました。駅前の路地が少し
目黒の武蔵小山に似ていました。

蕎麦屋の場所を確認した後、少し時間があったので駅前の
喫茶店でアイスティーで一服。

5:45に一番乗りで入店。直ぐに酔流亭さん達三人も揃いました。

エビス中瓶の後、冷酒の獺祭その他。もつ煮込み、漬物、葱焼き、京湯葉、
揚げ蕎麦掻き等々。がじゅ。たんは酒は駄目なので最初から
二色盛り。それも少し摘まませていただきました。

酒肴の値段は良心的、蕎麦も旨く、花番を務める奥様の接客も
感じが良く、実に良いお店でした。お店は20人位入れるでしょうか。
大入り満員でした。我々は話が弾み、最初に入って9時過ぎの看板まで
いました。締めは太い田舎もりを頂きました。

酔流亭さん、花まきさんからはかりん糖などのお土産まで頂き、
有難うございました。

相当酔っ払っていて、帰りは我孫子まで乗り過ごしてしまいました。
by nakayanh | 2009-09-29 23:26 | 蕎麦
先日の5連休の土日に京都に行き、宗達の「舞楽図」を見てきました。
3年振り位でしょうか。醍醐寺所蔵なのですが、常設展示されておらず、
めったにお目に掛れません。

京都に行くと必ず京都新聞を買って、イベント等を隈なくチェックするのですが、
土曜の新聞で、この秋醍醐寺宝物館展示の中に「舞楽図」が含まれていることを知り、
萩祭りの梨木神社を止めて醍醐寺に行った次第です。

入館してすぐ右に「舞楽図」は展示されていました。大胆な構図、写実とデザインの
微妙なコントラストとバランス、踊る人達のお面の表情や仕草、どれもこれも
美しく楽しく愛らしい。立ち尽くして見飽きることがありません。優雅な雅楽と
人々の楽しげなさざめきが聞こえてきます。

世界中の絵画から一枚好きなものをやる、と言われたら「舞楽図」を選ぶかもしれません。
ゴッホやカイユボット、ルソー、棟方志功や小磯良平も好きだけど、1枚と言われたら
これだろうなあ。それ位好きです。11月初旬まで展示されてますから、ぜひもう一度
行きたいものです。
by nakayanh | 2009-09-26 06:31 | 京都
先週の9/17日経朝刊に「Bicycle urbanlife」なる3面を使った全面広告が掲載されたと思ったら、
今週9/26号の週刊ダイヤモンドでは「自転車が熱い!」と称する40ページ以上に亘る大特集。
1年余り前にクロスバイクを始めた者としては、その先見性にちょっと鼻が高いです。

エコ、有酸素運動、経済性、効率的な移動手段、等がブームの背景のようですが、私自身は
マラソンが走れなくなったための代替手段で、動機はやや不純です。

自転車に乗り始めると日本の自転車行政のお粗末さに嫌でも気づかされます。自転車の
地位の低さは最悪で、日本では車、人、自転車、という階級制度があるかのようです。
軽車両と言う車なのに、自転車が安心して走れる一般道が殆どないのが実情です。

教育やマナーがまたお粗末で、ママちゃりの人は殆ど自転車が軽車両ということを
全く意識していません。道路の右を走る自転車の多いことや、歩道でちりんちりんと
ベルを鳴らすママちゃりが多いことなどからからそれは如実に伺えます。

それより酷いのが歩行者で、川の土手などの人と自転車の専用道で2,3人横になって
道を塞ぎながら歩いている散歩者の多いこと。そういう道には「歩行者に注意」との
道路標示しかないのも困りものです。共有の道路なんだから人も車に注意を払うべきです。

マナーという点では人も車も自転車もみな悪いですけどね。車も自転車も人が動かすもので、
要するに日本人にはどうも公徳心が十分備わっていないと言わざるを得ません。

話は飛躍しますが、列車の優先席に若い人が平気で座っているというのも、日本人の
公徳心の無さの表れだと思います。
勿論理屈では優先席だから空いていれば誰が座っても良いのですが、足を悪くして
良く判るのですが、席を譲られるべき立場の人がわざわざ座っている優先席の前に行くのは
結構勇気のいることです。空いていれば勿論有り難く座りますが。
それを考えると優先席は空いていても健常者は座るべきではないと思います。
優先席、等という人の善意を前提にした仕組みは日本ではまず有効に機能しません。
専用席、とすべきなのでしょうが、それでも多分平気で座る人は多いでしょう。
自宅のノートPCを7年振りに買い換えました。前回はVAIO,今回は富士通のBIBLOです。
特に思い入れがある訳ではなく、手頃な値段で店頭で勧められたままです。
メールの設定など、自分でも多分出来るのでしょうが、面倒だし時間も勿体ないので、
それもお願いし、今朝から使えるようになりました。

今までのは容量が満杯で、立ち上げに相当な時間が掛っていましたが、
ようやく解放されました。前回のレシートを見ると30万以上、今回は
設定費用を入れても半分以下です。こういうのを見ると文明の進歩は凄いし、
メーカーの競争の熾烈さも想像できます。

画面が横長になり、アルファベットキーの右にテンキーが付いているので、
キーの位置感覚がまだ馴染めず、打ち間違いが多いです。まあ、その内慣れるでしょう。
場所はどう言えばいいんでしょうか。鞍馬口西か船岡山南か、名高い「かね井」です。
ですがどうも私の趣味に合わず、4年以上足は遠のいていました。
でもその名声はいよよ高く、やはり凄い店なのだろう、私の目が節穴なのだろうと
思い直し、土曜昼、久々に出掛けてみました。

11:15到着、小学生の娘さんを連れた家族連れが先に並んでいます。
店には張り紙が色々貼ってあって、「開店は11:30頃、5人以上は駄目、
小学生以下は駄目、駐車場は無し、等々制限条項が多く、以前これで先ず
嫌気が指したことを思い出しました。

11:30前には更に客が並び始め、私の次は背の高い若いカップルですが、
私を無視するように別の方向に並び始めます。まあどうでも良いや。
11:30には10人位並びましたが、店が開く気配なし。11:45頃漸く開店。
花番は客の順番を確認するでもなく、脚が悪い私が靴を脱いで上るのに
手間取っている隙に次のカップルが席を占めます。花番と挨拶を交わして
いたので常連のようです。余り性質(たち)の良い常連とは言えません。

そのカップルに先にお茶を出し、次にどの順序か花番が迷っていたので、
手招きをしてわたしが2番目の客である旨を告げました。その点
2週間前のじん六の花番さんは完璧だったなあ。
ビールを注文し、5種類しかないつまみの中から卵焼きを先ず注文したところ、
「忙しい時は出来ない」とのこと。何ちゅう店や。客を待たせて開店した挙句
唯一少し手間が掛かりそうな卵焼きが出来ないとは。あとは蕎麦豆腐とか
板わさ程度。天麩羅が出来る訳でも無し、まあ蕎麦に命を掛けているのでしょう。

酒を飲み、梅おろし蕎麦(予想に反し温蕎麦です)を食べて帰りました。
余り冷静な気持ちではなかったので、旨いんだかどうも良く判りませんでした。
足が悪い私には畳の席も苦しく、やはり私には合わない店でした。
でも、花番さんのお見送りは大変丁寧でこちらが恐縮するほどでした。
それより卵焼きを作ってくれた方が嬉しかったけど。

にこらかみな川かじん六か藤芳あたりににすれば良かった。
感じた通りに書くようにしているもので、かね井がお好きな方には申し訳ありません。
私の趣味に合わないだけのことです。多分私の趣味が悪いのです。
by nakayanh | 2009-09-21 21:50 | 蕎麦
岩波新書。葛飾北斎の北斎漫画以来、200年近くの四コマ漫画の歴史を
解説しています。

漫画しか読まない元総理がいましたが、あれは漫画と言うより劇画ですね。
私は殆ど読みません。朝の電車で漫画雑誌を読み耽っているサラリーマンを
見ると切なくなります。新聞を読まないで仕事に差し支えないか、営業で
お客様との会話に付いて行けるかと心配になります。

新聞などの四コマ漫画は割と好きなので必ず読みます。今は日経と
朝日を購読しており、朝日のいしいひさいち「ののちゃん」は愛読しています。
日経は加藤芳郎の「オレはオバケだぞ」?が途絶えてから漫画がなくなり寂しいです。
「ののちゃん」は面白い時は最高に面白く、逆に全く意味が判らない時もあります。
ののちゃんや兄ののぼる、いい加減な藤原先生、しげさん、お父さん等
良いキャラクターで好きですが、お母さんは余りにぐうたらでやや漫画の品格を
落としているのが残念です。テレビのサザエさんのカツオ君もそうですが、
登場人物のキャラクターを決め打ちにすると笑いがパターン化してしまい、
作品の深みがなくなる様に思います。テレビのカツオ君の性格(いつも
楽をしてズルと要領だけで生きる)は勿論長谷川町子の責任ではありません。
四コマ漫画の中のカツオ君は、人情も知性もある感性豊かな小学生です。

本書では昭和50年代に出てきたいしいひさいちと植田まさしを四コマ漫画の
「天才」と激賞しています。わたしもいしいひさいちについては同感です。
植田は天才とまでは行かないように思います。いしいがダイマルラケットで
植田はいとしこいし、という印象です。例えが余計判りにくいですかね。

その二人の上の大天才が「サザエさん」の長谷川町子だと思いますが、
著者はそれ程熱を入れて書いてはいません。口絵のカラー漫画二つのうちの
一つがサザエさんですから、それなりに敬意は表しているようですが。

「アサッテ君」の東海林さだおの扱いも小さすぎるように思います。
彼は四コマより十六コマ以上の漫画や、それ以上に巨匠とも言える随筆
の方が素晴らしいからかも知れません。

私の考えるいしいひさいちの最高傑作は、「B型平次捕物帳」という
双葉社から出ていた作品ですが、残念ながら絶版のようです。
これは抱腹絶倒、あきれ果てるほどの面白さですが、本書の著者は
言及しておらず、残念に思います。

本書には江戸時代以降の主な四コマ漫画76点が著者毎に掲載されています。
私の記憶に有るのは昭和30年代位からの四コマ漫画ですが、
それぞれの漫画家に対する評価は必ずしも著者と一致しないものの、
懐かしく楽しめました。

親父が昔購読していて、子供の時に盗み見ていた昭和29年発刊の名雑誌
「漫画読本」についても触れており、懐かしかったです。こういう大人向けの
良い雑誌が今はなかなか見当たりません。
by nakayanh | 2009-09-19 02:40 | 読書
9/16(水)朝から名古屋出張で、7:30の新幹線に乗り込みました。

私はいつも禁煙二人掛通路側D席に決めているので、その席に着いて
コーヒーを飲んでおりました。隣のE席には若いサラリーマン風のお兄ちゃんがいて、
熱心にPCを打ち込んでいます。品川を過ぎ、新横浜まで平和な時が過ぎました。
新横浜を出たところで中年のサラリーマンが我々のところへ来て、隣のPC兄ちゃんに
「そこは私の席です。」と言ったところ、兄ちゃんは「あ、そうですか。」と慌ててPCを片付け、
荷物を纏めて退散しました。中年サラリーマンが私の隣に座り、又社内に平和が
戻りました。「全くとろい若者がいるもんですねえ。」と隣の中年に言おうかと思いましたが、
止めておきました。

それから暫くするとさっきのPC兄ちゃんが車掌と一緒に戻って来て、中年サラリーマンに
「やはりそこは私の席です。」と主張、中年は切符を出して車掌に見せたところ、
「あーこれはD席だから隣です。」と私の席を指すじゃああーりませんか。
そんなあほな、と私が自分の切符を見せたところ、「あーこれは隣の車両です。」
と言われてしまいました。PC兄ちゃんと中年に平謝りし、荷物を纏めて隣の車両へ
異動しました。

まあ、私が車両を間違えたのもいけないのですが、最初に中年が私に向って
「そこは私の席だ」と言えばよかったのに、隣の兄ちゃんに言い、兄ちゃんは
兄ちゃんで正しい席に座っていたんだから、「いやここは私の席で間違いない。」と
主張すれば良かったのに慌てて席を譲ってしまった。
要するに3人とも過ちを犯している訳で、これは一体誰が一番悪いんでしょう。
やっぱり私でしょうか。それにしても、「全くとろい若者がいるもんですねえ。」と
隣の中年に言わなくて不幸中の幸いでした。人を呪わば・・という奴です。

隣の車両の私の席は隣が空席で名古屋までゆっくり出来ました。最初から
ここに座ってれば良かった。おそまつさま。
メジャーリーグ初の9年連続200本安打、素晴らしいです。

何が凄いかと言うと、つまりは発想が全く常人と違ってユニークなことでは
ないかと思います。昨夜の特番で本人が言っていましたが、「打率を求めると
打てないと打率が下がるから、打席に立つのが恐くなることがある。
でも、安打数なら積み重ねだから減ることはないので、打席に立つのが恐くならない。」
なるほどねえ。「ボール球に手を出すな。」というのが普通ですが、イチローは
「バットの届くところならヒットに出来る。」と言い、事実ワンバウンドの球でも
ヒットにします。「ぎりぎりの内野安打で「ラッキー」なんてありえない。そうなるように
打っている。」等々。発想が全く常識から外れています。

そのユニークな発想の結果が、本場のメジャーリーグで忘れられていた「ヒット」の
積み重ねの偉大さという価値観を思い出させた、或いは再発見させた、といえましょう。

9年連続で200本と言うのは、試合数の多いメジャーだからこそ出来ることでもありますが、
そうは言っても大きな怪我をせず体調管理を万全にしてこそ出来る偉業でもあります。
あれだけの華麗な守備をしながら体も壊さないのですから、余程トレーニングで鍛え抜き、
メンテナンスも怠らない、ということでしょう。

新記録達成でモチベーションを下げることなく、10年連続目指して来期も頑張って
欲しいものですが、それは凡人の発想で、天才イチローはもっと遠くを見据えて
新たなチャレンジをしていくことでしょう。
岩波新書から出ています。趣味の京都のお勉強の一環で読みました。

「桂離宮」の再発見者と言えるドイツの建築家ブルーノ・タウトの
論文や日記抄を集めたもので、「永遠なるものー桂離宮」等が収められています。

戦前の1930年代に日本の各地を回り、桂離宮の他に飛騨の白川郷や伊勢神宮を
絶賛しました。対照的に日光東照宮をぼろくそにけなしています。

桂離宮の造営者を小掘遠州としていますが、これは当時の認識だったのでしょう。
今は八条宮家智仁(としひと)親王、智忠(としただ)親王の親子によって、
50年掛けて造営されたとされています。勿論同時代の小掘遠州の影響も
受けているのでしょう。いずれにしても誰が作ったかと美しいかどうかは
余り関係がありません。

タウトに拠れば、桂離宮の美しさは機能的、合目的な建築であるところにある、
と言うことです。その目的とは①日常的な生活に便利なこと、②尊貴の表現で
あること、③哲学的表現の顕露であること、でありその3通りの目的が一つの
統一をなして天衣無縫の趣を示していることが偉大な奇跡だ、と述べています。

何という深い観察眼でしょう。私はこの8月に初めて桂離宮を参観しましたが、
とてもそんな奥深い理解は出来ませんでした。タウトは桂離宮と修学院離宮の
違いを、前者は裏表が無いが、後者は見せるための特別の面が有り、その結果、
他の部分との調和を欠くことがしばしばある、と言っています。修学院離宮も
今年の春に行ったのですが、私にはそんな違いなど判ろう筈も有りません。
案内されるままただただ眺めていただけでした。

この夏に白川郷にも行ったのですが、美しいとは思うものの、観光地化されて
残念にも思い、同じ茅葺き集落でも五箇山の方が鄙びていて美しく感じました。

日光東照宮が幕府の権力の象徴で、美とは程遠いこと位は私でも判りますが、
本物の美の探究とは実に奥深いものだと感じ入りました。少しでも理解できる
ように心掛けたいものです。
by nakayanh | 2009-09-14 00:12 | 読書
先週土曜夜、旅先の京都のホテルでサッカーを見ていたら、会社の人から
電話があり、社員の方が亡くなったとの連絡がありました。

週末実家の長野県佐久に帰り、病弱なご両親を手伝って農作業中、
トラクターの運転を誤ってトラクターごと横転、下敷きになっての事故死
とのことでした。未だ55歳とお若く、誠に痛ましいことです。日曜身内だけで御通夜、
月曜昼に葬儀・告別式とのことで佐久まで行って来ました。

東京から新幹線で僅か1時間20分位と近いんですね。
佐久平から葬儀場までは車で10分でした。

佐久での葬儀は東京辺りとはやり方が全く違っていて驚きました。
先ず葬儀告別式の時にはもう故人は遺骨になっています。
僧侶の読経の後普通は喪主、身内の順で焼香をしますが、
佐久では身内や親しい人以外の友人・知人が焼香をし、
その方達が帰った後、身内や近しい関係者が焼香します。
一巡後四十九日法要に入り、再度焼香します。

その後別室で故人を偲んでの法事の席が設けられ、それを
「灰寄せ」と呼びます。「灰寄せ」とは辞書によれば骨上げのことですが、
ここでは法事の宴席を言うようです。葬儀委員長が挨拶をし、近しい関係者が
弔辞を読みます。何と私がそれに指名されていたため、徹夜で準備した
約3分の弔辞を、遺影に向って心を込めて読み上げました。その後僧侶が
法話、献杯。後は静かな宴席です。いつ果てるとも知れないそうで、
2時間位経過したところで喪主である故人の奥様に挨拶して会場を後にしました。

京都滞在中に会社の人が亡くなり、葬儀に出て弔辞を読むという経験は
実は7年前にもあり、2度目なのです。前回は骨髄の白血病で2年以上
闘病された、やはり私と同年代の方でした。お二人とも個人的にそれ程
親しい訳ではなかったのですが、仕事の立場上頼まれたもので、
勿論引き受けさせていただきました。ただでさえ取り込んでいて慌しい中での
ご依頼ですので、お断りするなどということはとても出来ないからです。

人の命のはかなさ、無常感を感じる週末でしたが、未亡人が気丈に
振舞っておられたのがせめてもの救いでした。