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会社の同期入社の方が亡くなり、昨夜千葉の八千代中央までお通夜に行ってきました。

同期とは言え、合併会社の為元々入社した会社が異なるので、お互い外様というか微妙な間柄ではあります。彼とは25年位前に会社から派遣されて、一緒に半年間国内のフランス語学校に通いました。今は場所が変わったかも知れませんが、当時は飯田橋にあった日仏学院です。

私は大学の第二外語でフランス語を取った位の殆ど素人で、全く喋れない下手くそですが、一橋大出身の生真面目で不器用でやや陰気な彼は、私に輪を掛けて下手くそでした。フランス人は印象としてウイットとエスプリが豊かなお国柄で、ユーモアや機知に富んだ人向きだと思うのですが、彼は凡そ正反対の人で、まあ向き不向きで言えば明らかにフランス語には向いてないように思われました。

結果的に私も彼も英語圏の海外勤務しかしなかったので、伝家の宝刀の仏語は抜かず終い、会社としては無駄金を使ったことになりますが、私にとって日仏の半年間は最高に楽しく有意義でした。何しろ20数名のクラスの内、男性は我々企業から派遣されている男4人だけ、後の20人位は人妻からギャルまで華やかな女性ばかりですから、中学から男子校育ちの私にはハーレムのような夢の世界でした。

話が脱線しましたが、多勢に無勢なのでクラスの男4人は大体いつも一緒に行動していました。彼は仏語は恐ろしく下手でしたが、誠実ではったりがなく、信頼できる人物で、嫌いではありませんでした。その後は職場も違い、余り接触はありませんでしたが、ここ1,2年勤務場所が同じビルの中で、時々廊下ですれ違って挨拶だけはしていました。それがここ暫く姿を見ないなと思っていた矢先の訃報でした。たまに酒でも飲んで昔話をすればよかったと悔やまれます。

会社の同期生で私の知っている人は既に4名亡くなりましたが、皆真面目で誠実でやや不器用な好人物ばかりです。良い人ほど早く亡くなる、という傾向があるように思えてなりません。私も危ないかなと以前は思っていましたが、50歳の半ばを超えてどんどん人間が悪く、横着で不誠実、いい加減になってきましたから、案外長生きするかも知れません。
土曜夜、近鉄奈良近くの蕎麦屋「百夜月」に行って見ましたが、土曜は昼だけ営業とのことでがっくり。結局駅近くの商店街の蕎麦屋へ。宿泊は隣の駅「新大宮」近くの安ホテルです。

翌朝、小雨の中8時過ぎ出発、国立博物館の第60回正倉院展へ。奈良駅などには殆ど人がいないのに、9時の開館前の博物館では既に人の行列。15分は並んだでしょうか。中も展示の周りは凄い人だかりです。人の少なそうなところを見つけてはじっくり見るという手法で、何とか1時間余りで一通り見終わりました。聖武天皇愛用の品々が良い保存状態で数多く残され、家具や生活用品に施されたその素晴らしい技巧には溜息が出ます。とても千年以上前のものとは思えない見事さです。

天皇という特別な方のものとは言え、生活に根ざした美術品の面白さも然ることながら、いろいろな文献もなかなか楽しめます。それらは事務書類なのですが、反古の公文書の裏面を使うので、戸籍その他奈良時代当時の生活や社会の仕組みが判る書類が期せずして残されているのです。病気のため3休暇取得願や、職務怠慢の反省文や顛末書等、可笑しくも現代のサラリーマンと同じ悲哀が感じられ、微笑ましいです。

蕎麦屋の開店までまだ間があるので、正倉院展の切符で入れる本館の常設展?の仏像展示も見ましたが、これも国宝・重文クラスが多く、素晴らしいものでした。

11時半過ぎ福智院北の「大喜多」へ。既に満員で少し待ちました。去年の正倉院展以来かな、いや、春にも来たかな。相変わらず私と同世代のご夫婦が一生懸命立ち働いておられます。

鰊と天麩羅でビール、酒。最後にせいろで満腹です。相変わらず安くて旨い。しかも天麩羅の種類の多さ!

午後は京都に戻り、バスで真っ直ぐ嵯峨野の清涼寺へ。人気が少なく心配しましたが、「嵯峨野念仏狂言」は寺の敷地の片隅でちゃんと上演されていました。小雨の故か客は2,3拾人と少な目。3時半からの最後の出し物「土蜘蛛」を終わりまで観ました。同じ題名の謡曲から得た題材と思われます。源頼光の四天王渡辺の綱と保昌(これは誰だろう)の土蜘蛛退治のお話です。蜘蛛の糸まで出しての大活劇で楽しめました。以前やはり無言劇である壬生の大念仏狂言を観たので、次は千本閻魔堂(引接寺)のセリフ入り狂言を観たいところです。

4時過ぎに寺を出て、バスで京都駅に戻り、6時過ぎの新幹線で帰りました。充実の2日間、次は紅葉の季節です。
土日と京都・奈良に行ってきました。主たる目的は第60回正倉院展を見ることでしたが、それ以外にもまずまず充実した二日間でした。

土曜朝9時過ぎ京都着。初めての試みとして京都駅近くのレンタルサイクル店KCTPへ行き、MTB(マウンテンバイク)を借りました。もう少しおとなしくて安いトレッキングバイクにしようと思ったのですが、既にsold outのため、已む無くMTBに。まあいつものクロスバイクと大して変わらず、何とかなるだろうとの読みです。が、係りの人は鍵の番号を言ってくれるだけで、後は何もしてくれないんですね。ふらつきながら漕ぎ出しましたが、サドルの位置が低過ぎて漕ぎにくいこと。何度か止まっては直してようやくそれらしくなりました。一路北野天満宮へ。堀川通は歩道に自転車通行帯もあり走り易いです。

25日なので天神さんの市の日で、それを見るのが目的でした。参道にいろんなお店が並んで人出も凄く、大層な賑わいです。あちこち冷やかして昼近くになったので、お気に入りの錦烏丸西入るの紅茶専門店「ムレスナ」でランチ。野菜カレーのセットで紅茶つき。マンゴーと何たらの紅茶、とのことでした。バイクだと昼酒っていう訳には行かず、実に健全だなあ。

腹ごしらえのあと、午後は五条東山近辺の豊国神社、妙法院へ。どちらも初めてです。妙法院は三千院、青蓮院と並ぶ三大門跡寺院の一つです。非公開ですが国宝の庫裏は外からでも多少味わえました。豊国神社はなかなか立派な社でした。

再度烏丸御池近くに戻り、カフェ「Cafe bibliotic Hello」で一服。夕方に掛けては神泉苑(全然大したことなかった)、天使突抜通を見ながら京都駅近くのサイクル屋へ戻りました。

続きは次回。
日に一組四人以上十人まで、月に15から20日しか営業しないという、希少価値の蕎麦屋に連れて行っていただきました。3月末まで予約が詰まっているそうです。酔流亭さんのブログ仲間?である髭彦さんが数ヶ月前に予約され、酔流亭・花まきさんからお誘い頂いたものです。髭彦さんのお連れの翻訳家の美女と大使さんの6人。

駒込は初めて下りる駅でした。地図を携えていったので殆ど間違えずに予定の10分前到着。程なく全員揃いました。

普通のお宅を改造したような、蕎麦屋というよりダイニングルームでおもてなしを受ける感じです。ビールで乾杯の後、酒は久保田千寿等三種飲み放題。料理は11種類のコースです。殆どに蕎麦をあしらった料理の一つ一つはそれ程特別なものはありませんが、美味しく頂いているうちにボディブローのように効いて来ておなか一杯です。

玉江というのはご亭主が埼玉の江面出身だから、と仰っていましたが、どう見ても女性の名前ですよね。ご亭主だけが料理を運び、時折蕎麦の話をしてくださいますが、奥にもう一方いらっしゃってサポートされていました。その方がきっと玉江さんなのでしょう。

締めの蕎麦は外二のニ八蕎麦で、極細切り、喉越しがよく私の大好きなタイプです。思わずお代わりして二枚平らげ、満腹状態。蛇含草が欲しいところでした。

この蕎麦で出汁巻きとわさびいもと焼き鳥があって毎日営業してくれれば、きっと通い積める事でしょう。

参加の皆さんはいずれも博学で興味深いお話が多く、料理と酒を楽しみながら勉強になるという、充実の一夜。会社仲間とでは絶対に味わえない、至福のひと時でした。皆さん本当に有難うございました。
by nakayanh | 2008-10-18 01:31 | 蕎麦
特集として「えど東京で味わうそば」とあります。それ程目新しい情報はないのですが、「竹やぶ 阿部孝雄」、「江戸蕎麦ほそ川 細川貴志」、「そば切り 凡愚 真野龍彦」の蕎麦名店店主3人と宮下裕史氏の座談会が出ていて、興味深く読みました。

それぞれ一癖も二癖もある蕎麦屋の主達で、よく座談会が成立したものですが、ほそ川のご亭主がトレードマークの鉢巻姿で出ていますから、両国のお店で開かれたのでしょう。真野さん遠路お疲れ様でした。細川さんが「(客が)来てくれるのは嬉しんだいけど、なんかケチ付けに来てるみたいな、しょっぱいジジイが多くてねえ。なんかあると文句言いたがる。・・・」、阿部さんは「(蕎麦の)生産者も作り手もお客さんも、みんな対等だという気持ちでやっています。そうじゃないと、すごく疲れます。お金を出すお客さんが上位だという考え方が日本では多い。・・・」、と仰っていて、誠にご尤もな正論です。蕎麦屋も客を選び、客も蕎麦屋を選ぶ、それで良いのです。

イチローでも松井でも3割打てれば一流バッター、「蕎麦屋も3割の自分らしいお客さんを掴めばいい。」(阿部氏)、その通りだと思います。私は打率2割くらいですが、自分に合う好みの蕎麦屋を探しています。

他に「江戸東京のそば、今昔」という神田まつや主人などの座談会も掲載されており、なかなか楽しめます。他にも色々蕎麦関連のエッセイや記事が多く載っています。
by nakayanh | 2008-10-12 20:18 | 蕎麦
我が家の愛鳥、というか家族同然のオカメインコ「ピーちゃん」が今日2008年10月11日午後4時10分に亡くなりました。享年18~19歳、老衰と思われます。午前中の雨が上がり、爽やかな秋の午後でした。

ここ1ヶ月程左目を患い、目薬など手当てをしていたのですが、急速に衰え、ここ1週間ほどは食欲もなくなっていました。

私は今日午前中会社のブラバンの練習があり、帰りに先週の蕎麦会の御礼がてら根津の蕎麦屋「よし房凛」で昼食+酒。松戸の本屋を見て3時過ぎに帰宅した時、ピーちゃんはもう危篤状態でした。暫く見守っていましたが、体や羽の震えが徐々に小さくなり、最後は首から上の動きも少しずつ弱くなって、女房と私に看取られながら静かに息を引き取りました。

ピーちゃんが我が家に来たのは1991年、会社の同期の友人が海外赴任するので貰い受けたものです。黄色い頭の毛がぴんと立ち、ほっぺがオレンジ色、体は真っ白のハンサムな小鳥でした。鳥篭に1989.12月と記録がありますので、多分1989年生まれなのでしょう。明るく元気なピーちゃんはそれ以来我が家のアイドルでした。朝昼晩と籠から出て居間を飛び回り、あちこち齧りまくっていました。オスなので女性好き、とりわけ我が家の娘が大好きでした。他に誰もいない時は私にも擦り寄ってきて甘えてくれました。若い頃はいろんな物音の物まねが得意で、童謡の鳩ぽっぽは最後まで歌えたのですが、晩年はすっかり忘れてしまいました。食べ物は我々が食べるものは何でも大好きで、ご飯や卵焼き、お蕎麦が特に大好きでした。

10年以上前、一度開けていた窓から飛び出てしまいましたが、広いところを飛んだことがないのでパニックになり、家の傍の道端に落っこちたところを女房が必死で拾い上げ、事なきを得ました。

小鳥の寿命は10年位と本に書いてありますので、ピーちゃんは長生きした方なのでしょう。家族に可愛がられて、鳥としては幸せだったと思います。でも何時まで経っても子供みたいで可愛かったので、亡くなるとやはり寂しいです。原産地のオーストラリアも、親の顔も知らず逝ったピーちゃんが哀れでもあります。

夕方お花とお線香とろうそくを買ってきて、今夜は御通夜、明日の朝葬儀です。

行く秋や 親も知らずに 鳥逝けり    朝鰡     
土曜日夜私のホームグラウンドとも言うべき根津の「よし房凛」で蕎麦会がありました。長年の蕎麦友花まきさんが企画し、誘ってくださったものです。総勢8名とかなりな人数。それだけでほぼお店の半分を占める小体な場所で、皆さん蕎麦好き・酒好きの健啖家ですから、如何によく気が付く女将とは言え、てんてこ舞いの忙しさだったろうと拝察します。途中厨房のご亭主までお運び頂きました。

面子は花まきさん、酔流亭さん、夢八さん、さいとうですさん、小マメさん、がじゅたんさん、そして初めてお目にかかったそば箸さんです。3時間余り良く飲み良く食べ良く話して、本当に楽しい会でした。

当店には一番足繁く通っているということで、私が肴を適宜注文しましたが、どの肴も美味しいのでそれはそれで迷います。卵焼も蕎麦とろも天麩羅盛合せも頼めずじまい。それでも全て美味しい肴を鱈腹食べて、最後は蕎麦、せいろ又は田舎せいろで締めました。

お店からも鴨の皮の竜田揚げ等サービスして頂き、9時過ぎの看板近くまですっかりお世話になり、誠に有り難いことでした。お勘定も安く、ホスト役?として十分面目を施せました。「よし房凛」の皆さん、参加の皆さん有難うございました。
by nakayanh | 2008-10-05 21:06 | 蕎麦
数日前新幹線東京駅のホームで杖を忘れてしまい、昨日八重洲中央口の遺失物窓口に取りに行きました。杖なんて忘れるかと思われるでしょうが、なくても歩けなくもないのでつえつえ忘れるのです。これで3度目、出て来たのは2度目です。

その後銀座山野楽器へ行って予約しておいた「竹内まりや」のベストCDを購入。Jpop系では竹内まりや、ユーミン、桑田の奥さんの原由子の三人は別格で、アルバムは大体買っています。半分フォークだか演歌だかの和製シャンソン歌手中島みゆきも好きです。

その後、木挽町の湯津上屋へ。満員で少し待って入店。窓際の席は網戸になっていて笹竹越しに秋の風が爽やかです。女将さんは超忙しいですが、勝手な客の振る舞いにも相変わらず感情を出さずてきぱきと、言い寄る客も軽くあしらいながら注文をこなしていきます。立ち居振る舞い全てが美しい方で、うっとりします。ビール中、酒常温、あさり、卵焼き、板わさ、かき揚げせいろ。コストパフォーマンスも素晴らしく、最高に居心地の良いお店です。
by nakayanh | 2008-10-03 00:50 | 蕎麦