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カテゴリ:落語( 5 )

残念ながら私の思いとしては落語の名人ではないのですが、お笑いの世界の
一代傑物の死は残念に思います。

今も人気の「笑点」の前身である「金曜夜席」の司会者当時の談志(未だ小ゑん
だったのでしょうか)の頃が一番好きでした。有名な著書である「現代落語論」も
勿論読みました(中身はそれ程感動しなかったですが)。私の印象としては
落語の名手と云うより、寄席の芸全般の批評家として超一流でした。

「金曜夜席」や「笑点」司会者としては抜群の笑いのセンスで、下らないダジャレ
等では絶対に座布団を貰えない、厳しくも為になる名司会振りでした。今の
「笑点」がダジャレや愚にも付かない政治批判で座布団を貰えるのと大違いです。
私の記憶では「笑点」司会は、談志のあと前武、三波伸介、円楽(勿論先代)、
歌丸と続くのですが、寄席の芸や笑いが判ってなかった前武は最悪でした。

落語に関しては、私は同年代では志ん朝が圧倒的に好きで、談志はそれ程でも
ありませんでした。手の所作に無駄があるのと、「俺は上手いだろ」オーラが
鼻に付くのが嫌でした。頭が良すぎて自分を客観視しながら落語を演じるのが
何となく白けたような気がします。その点、志ん朝はある意味で不器用なのが
却って良くて、純粋に凛とした古典落語の世界に浸れるのが好きでした。談志に
すれば、「俺の方が上手いのに、落語家としての血筋の良い志ん朝ばかり
評価される」と云うのが面白くなく、コンプレックスでもあったでしょう。それが
又いろんな方面で活躍するエネルギーにもなったのでしょうが、落語家としての
キャリアと云うか、落語そのものの面白さにはあまり繋がらなかったように
思います。「落語は人間の業の肯定」という持論はその通りだと思いますが、
だからこそ、人間そのものを味わう落語においては、居眠りしている客を
どやしつける傲慢さが、私には好きになれませんでした。

今日初めて知りましたが、極めてまともで良識のあるご長男、ご長女が
会見で父親としての談志を語っていたのが印象的でした。あれ程ハチャメチャに
見えた談志が、良い家庭人であったことはとても嬉しく感じました。家を一歩
出た時から立川談志を演じていた、と云うことなのでしょうか。
by nakayanh | 2011-11-25 00:40 | 落語
半蔵門の国立劇場大劇場25日昼の部に行ってきました。
落語中心に漫才曲芸合わせて7組で2時から4時半まで。大きなホール落語ではありますが、常打ち
の寄席と違って一組20分から25分見当とややじっくりやってくれます。演者が演じている最中は
客席への出入りを禁じていたようで、歌舞伎公演でも出来ないなかなか珍しく,且つ英断と言える
良い運営でした。平日昼の公演とあって、客は勿論年配者中心で客席は8割方埋まっていました。

漫才はロケット団という山形弁のコンビで、冒頭四文字熟語ネタで「一つ失敗すると全て信用
されないこと」「東北電力」、「余計なことをして馬鹿にされること」「九州電力」、と笑わせ、
あとは得意の山形弁ネタで爆笑を誘いました。後半同じネタを引張り過ぎてややだれたのが残念.

林家たい平は歌舞伎の幅広い素養を必要とする「七段目」を熱演しました。「笑点」では面白く
もない「花火」の一発芸を連発して顰蹙ものですが、今日は忠臣蔵以外にも勧進帳や助六、義経
千本桜の狐忠信等を織り込み、團十郎の声色まで入れて工夫と勉強の跡が窺えました。
ただ、くすぐりの部分で「旅行する人は何故列車が動き出すまで弁当を食べ始めないんでしょう」
等とステレオタイプの話をするのが残念です。これだと本当の人間観察に基づく話ではないので、
心底からの共感を伴う笑いとはならないのです。
大トリは三遊亭圓歌。例によって天覧落語の枕から入って中澤家の人々の一席。64年の芸歴だ
そうですが、その殆どを「山の穴」と「中澤家」でやり通すのが凄い。他には「浪曲社長」位
しか聴いた事がありません。まあどちらも何度聴いても面白いからこれはこれで良いのですが。
80歳を超えて流石に以前のように縦板に水とは行かない部分もありました。

2時間半3千円で大いに笑わせてもらい、しかも多少なりとも震災復興の為のチャリティになる
そうですから有り難い半日でした。
by nakayanh | 2011-07-26 07:44 | 落語
土曜夜に行ってきました。
日経ホールは6月に会社のチャリティコンサートが開かれた場所で、私もブラバンの一員で
出演しました。元々経済講演会をやるのが主目的のホールと思われ、折畳みのテーブルが
付いていて便利ですが、音響的には全く響かず音楽向きではありません。

でも落語会には良さそうです。今回は圓歌、米團治という良い顔ぶれの二人会を
日経の広告で見つけて切符を購入したものです。

第一部で先ず桂文我の弟子桂まん我(米朝の曾孫弟子、枝雀の孫弟子)の「野ざらし」。
軽快で屈託のない良い芸風でした。圓歌はお馴染の親の介護を扱った「中沢家の人々」。
81歳とは思えぬ軽妙で逸らさない話振りは流石です。もう一度あの「授業中」を
聴きたいけれど、「中沢家」しかやらないそうです。枕で、落語会初めての「御前落語」
のことや、米朝との長い付き合いのこと等を語り意外感もあって楽しめました。
「御前落語」は円生が最初かと思っていました。

第二部最初は圓歌の弟子の女三味線漫談小円歌。語り口、三味線ともまあまあというか
いまいちというか。特に語り口がどうしても媚びたり世話っぽくなって品を落として
しまうのが気になります。三味線で志ん生や志ん朝、文楽等の出囃子をやってくれたのは
良かったですが、最後の踊り「かっぽれ」と共にまだ「余裕」までは感じられません。

最後の米團治は長い枕「中川家の人々」(中川は本名)を米朝やざこば、枝雀の声色付きで
笑わせた後、「七段目」。これも團十郎の声色の上手いこと。得意の若旦那ものの話で
ぴったりですが、歌舞伎を良く知っていないと演じられない噺を見事にこなし、スケールの
大きさを感じさせます。小さんの孫の花緑より数段上の印象でした。生真面目で学者肌の
米朝と違い、遊びを知っている分米團治に親しみ易さが感じられます。今後が楽しみです。
by nakayanh | 2010-09-12 08:35 | 落語
先日「談志」の本について書いた時に少し触れたのと、さいとうさんが書き込んでくださったのに触発され、「笑点」について少し書いてみます。

今日の笑点は、司会の歌丸が暫く病欠のため司会を交代でやるという趣向のようで、たい平が司会をしました。先輩達に遠慮しながら座布団を配る、というので面白い面はあったのですが、目先が変わっていただけで長続きはしないと思われます。司会は瞬間的に解答の良し悪しを判断出来る批評家でもありますから、笑いに対する余程しっかりした考えというか信念を持っていないと続かないのではないでしょうか。後半はたい平の奥さんネタに終始していて、これもパターン化することによる面白さは多少ありましたが、安直な仲間内の楽屋ネタでもあり、談志が司会ならありえなかったでしょう。出演者全員が笑いとか視聴者ををなめている、といったら言い過ぎでしょうか。

どうも今の笑点の出演者達は笑いに対する志が低く、往年の”笑いの最先端を行く気概”がなくなってしまったような気がします。「渡鬼」同様番組の使命を終えたのかなと思います。最近のテレビのお笑いのレベルの低さに常々憤りを感じているため、辛らつな意見で申し訳ありません。 

今朝の「所さんの目がテン」は「落語を科学する」というテーマで、「肴を三枚におろす」という面白くも何ともない文章を落語家が読むと面白く、それは何故か解き明かしていて面白かったです。聴いている人の脈拍数よりゆっくり話すことや、緊張と緩和(これは以前桂志雀が唱えていたことです)、仕草などが大事なのだそうです。「目がテン」は所さんの矢野左衛門いじめ乃至軽視が少し気になりますが、内容的には良く考えられていて毎週面白いです。
by nakayanh | 2008-06-29 23:32 | 落語
「落語」のカテゴリーを作っておきながら、未だに一度も投稿していないのは我ながらひどいと反省しています。最近落語で新しい体験をしていないから、そうならざるを得ないのですが、過去の好きな落語家なら少しは書けそうです。
古い話ですが、好きなのは古今亭志ん生、三遊亭円生、桂文楽(先代)、古今亭志ん朝、金原亭馬生等々、亡くなった方ばかりです。
志ん生はもう最高に面白かった。ただ喋るだけで、あるいはいるだけで面白かったです。私がテレビで見聞きしていたのは、晩年の呂律も回らなくなってからなのでしょうが、あの味が何とも言えず楽しかったです。なんかとぼけていて可愛げがあるのですね。本当に上手いと思ったのは円生です。これは端整で隙がなく、江戸落語も上方物も出来、芸術の域に感じました。親父が結構演芸が好きで円生の落語百席をレコードで持っていたので、学生時代実家に帰る度に毎晩聴いていました。
名人の呼び声高い文楽は長い間どこが良いのか良く判りませんでした。でも人があんなに褒めるんだから、きっと本物なんだろうと聴いているうち、これも実家にあったレコードで「長屋の富」だか「愛宕山」だかを聴いているときにはたと判りました。円生以上に隙がない、一点一画無駄のない、張り詰めた芸、完成された話芸を感じました。しかも艶っぽい声が良い。
志ん朝はテレビのサンデー志ん朝の頃から好きでしたが、小学生の頃テレビで「抜け雀」をやっていて釘付けになりました。若い頃から人を惹きつける魅力と言うか凄みを感じました。端整で品があって艶っぽい。強いて難点を言えば、真面目な人だけに登場人物の女性に色っぽさがやや足りないと感じていました。これは勿論高いレベルでの話で、例えば親父の志ん生と比べての話です。馬生は志ん朝のお兄さんで性格が生真面目な上にやや暗いのですが、話に気品があり世話物、人情話は抜群でした。
志ん朝が亡くなり、西で桂枝雀が亡くなってからはあまり落語を聴く気がしないのも事実です。
by nakayanh | 2007-12-04 01:23 | 落語