朽木ゆり子「フェルメール全点踏破の旅」

17世紀のオランダの画家ヨハネス・フェルメールの絵を好きになったのは2,30年前でしょうか。多分日経の日曜版に出ていた「窓辺で水差しを持つ女」を見てからだったと思います。彼の絵の典型的な構図である左に窓があって、そこから差し込む柔らかな光の中の室内の光景、水差しと盥の金属的な輝きと、女性の白い頭巾の木綿の質感の見事さに魅了されて以来です。それから、彼の絵の出ている展覧会に行ったり、海外等で、全部で10点位は現物を見ていると思います。

現存する彼の絵は、真贋疑わしいのも含めて僅か37点だそうです。42年と言う短めの生涯を考えても、37点は少ないと言えましょう。表記の本はICU,コロンビア大博士課程出身のジャーナリストである著者がその全作品を見る旅に出た紀行文でもあり、美術評論でもあります。集英社新書ヴィジュアル版の一冊です。著者はフェルメールには詳しいけれど美術の専門家、学者ではないようで、解説にそれ程深い洞察は感じません、それでも全作品がカラーで紹介されているのは魅力で、勿論幾つかの示唆については考えさせられ、勉強になりました。

たとえば何故彼の絵は日本でこんなに人気が有るのかという理由の一つに、日本人には難解なキリスト教に関わる寓意が含まれた宗教画ではない点を挙げています。これは確かにその通りだろうと思います。私が西洋の絵では印象派位しか理解できないのも、それが理由です。

でもそれだけではなく、著者も同じようなことを言っていますが、彼の絵が醸し出す静謐な雰囲気には、何か心を鎮めてくれる精神性が有るような気がします。写実性も魅力の一つで、布や金属や木や大理石などそれぞれの物質の質感を、見事に表現していると思います。

37点を見ると、彼の絵は意外にも必ずしも左に窓がある室内風景だけではなく、風景画や宗教画もあります。その中で「デルフト眺望」という傑作は流石に素晴らしく、一度実物を見てみたいものです。オランダのハーグまで行かなければなりませんが。

ところで、フェルメールは材料の質感を表すのが見事と書きましたが、その点でいえば更に見事で好きな画家がいます。印象派の頃の人でカイユボットという人です。フェルメールのような精神性は感じませんが、写実感だけで言えばこの人の方が優れていると思います。写実を求めるなら写真の方が優れているかというと、勿論そうではありません。写真の平板さではとてもそれぞれの素材の質感や温度や手触りが伝わってきません。その点ではハイビジョンのくっきりした画面でも及ばないように思います。デジタル録音の音楽より、真空管のステレオで聴く古い録音の音楽の方が、臨場感や温かみが伝わるのと似ているかも知れません。
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by nakayanh | 2008-06-23 00:31 | 読書