ブルーノ・タウト「日本美の再発見」

岩波新書から出ています。趣味の京都のお勉強の一環で読みました。

「桂離宮」の再発見者と言えるドイツの建築家ブルーノ・タウトの
論文や日記抄を集めたもので、「永遠なるものー桂離宮」等が収められています。

戦前の1930年代に日本の各地を回り、桂離宮の他に飛騨の白川郷や伊勢神宮を
絶賛しました。対照的に日光東照宮をぼろくそにけなしています。

桂離宮の造営者を小掘遠州としていますが、これは当時の認識だったのでしょう。
今は八条宮家智仁(としひと)親王、智忠(としただ)親王の親子によって、
50年掛けて造営されたとされています。勿論同時代の小掘遠州の影響も
受けているのでしょう。いずれにしても誰が作ったかと美しいかどうかは
余り関係がありません。

タウトに拠れば、桂離宮の美しさは機能的、合目的な建築であるところにある、
と言うことです。その目的とは①日常的な生活に便利なこと、②尊貴の表現で
あること、③哲学的表現の顕露であること、でありその3通りの目的が一つの
統一をなして天衣無縫の趣を示していることが偉大な奇跡だ、と述べています。

何という深い観察眼でしょう。私はこの8月に初めて桂離宮を参観しましたが、
とてもそんな奥深い理解は出来ませんでした。タウトは桂離宮と修学院離宮の
違いを、前者は裏表が無いが、後者は見せるための特別の面が有り、その結果、
他の部分との調和を欠くことがしばしばある、と言っています。修学院離宮も
今年の春に行ったのですが、私にはそんな違いなど判ろう筈も有りません。
案内されるままただただ眺めていただけでした。

この夏に白川郷にも行ったのですが、美しいとは思うものの、観光地化されて
残念にも思い、同じ茅葺き集落でも五箇山の方が鄙びていて美しく感じました。

日光東照宮が幕府の権力の象徴で、美とは程遠いこと位は私でも判りますが、
本物の美の探究とは実に奥深いものだと感じ入りました。少しでも理解できる
ように心掛けたいものです。
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by nakayanh | 2009-09-14 00:12 | 読書