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「ええかっこしい 評伝 石津謙介」桐生典子著

朝日新聞出版社から今年9月に出た本です。2005年に93歳で亡くなった
石津さんの生誕100年に合わせての出版だそうで、著者はフリーライター
として、かなり以前から取材を通して石津さんと知り合いだったようです。

石津謙介は言わずと知れたVANジャケットを創設したアイビーファッション
の大御所で、20歳からそのアメリカントラッドを着続けている私には、
服飾についての神様ともいえる方です。その石津さんの評伝とあって、
興味深く読みました。これまでの石津さんの印象は、VANを作りトラッドを
日本に広めたけれど、放漫経営で経営センスはゼロの人、位でした。

しかし本書を読んだ後は、もっとおおらかで明るく前向き、ファッション
だけでなく生き方そのものも、洒落ていて魅力のある人だと思いました。

岡山の裕福な紙問屋に生まれ、好き放題して育ちましたが、大戦で家業が
没落、天津に渡ってレナウンとの繋がりから服飾の道に入ったものの、
敗戦で又無一文で帰国、1954年に大阪でVANを創立、1959年にアメリカ
東部の名門大学リーグのファッションを取り入れたアイビーファッションが
売れに売れて会社が急成長、みゆき族などの社会現象にまでなりました。
しかし会社が大きくなるにつれ、石津さんのセンスが生かされなくなり、
大手商社の介入や組合の先鋭化もあって、結局1978年に倒産しました。

三度丸裸になった訳ですが、石津さんは全くめげず、それ以降の20数年は
自ら「悠貧」をモットーに執筆活動等で相変わらず、ファッションリーダー
であり続けました。波乱万丈ながら、敵のいない人柄で爽やかな後味を
感じる生涯です。

TPOやトレーナー、チルデンセーター、スタジャン等々、米国の服飾業界の
用語かと思っていましたが、石津さんの造語だそうで驚きました。何と今は
当たり前の「故人を偲ぶ会」というのも石津さんの考案だそうです。

石津さんのダンディズムは、自分で自分をカッコ良いと思えるか、一人
よがり、やせ我慢、うぬぼれで、VAN時代には流行ではなく風俗を作ろうと
したとか、代表権のない会長時代に社長から倒産が告げられ、「明日の
役員会は何を着て行こう」と答えた、等々、正に「ええかっこしい」らしい
エピソードが沢山本書に紹介されています。

私自身トラッドの服装に決めていることで、この40年どれだけ石津さんに
お世話になったか判りません。JプレスやブルックスBrosで買った服や
小物は20年位楽に着続けられます。全く飽きが来ないし、間違った服装を
していないという安心感は得難く、流行に流されないで済むのも魅力です。

本書で唯一物足りないのは、くろすとしゆき氏が殆ど登場しない点です。
私の定義では、石津さんがトラッドの神様で、くろすさんは伝道師です。
くろすさんは石津さんより20以上若く、VANの社員でしたから、まあ仕方
ないのですが、私のトラッドに関する知識は殆どくろすさんの著書を通じて
学んだものです。でもまあ、トラッドに限らず服装は単なるファッション
ではなく、生き方そのものを反映したものでもある、と本書を読んで改めて
思いました。
by nakayanh | 2011-12-14 00:13 | 読書